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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)706号 判決

福岡市荒戸町東通町七五番地

上告人

朴千根こと

新井千根

右訴訟代理人弁護士

荒木新一

同市南湊町二五番地

被上告人

冷子こと

林玲子

右当事者間の家屋明渡請求事件について、福岡高等裁判所が昭和三〇年六月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒木新一の上告理由第一点について。

原審は、上告人が賃料の支払を怠つたので契約は解除されたことを適法に認定しているのであるから、所論違憲の主張は前提を欠き採用することができない。

同第二点について。

論旨は、借家法の適用がある建物の賃貸借につき、民法五四一条をそのまま適用することは違法であると主張する。しかし、賃貸借の如き継続的契約関係においても、一方の当事者に債務不履行があるときは、法律に別段の定めのある場合を除き、民法五四一条により契約を解除しうるものと解するのが相当である。そして、債務者が遅滞に陥つたときは、債権者は、期間を定めずに催告した場合でも、催告の時から相当の期間を経過すれば、契約を解除できるものと解すべきであるから(昭和二七年(オ)第二四八号、同二九年一二月二一日第三小法廷判決参照)、原判決には所論の違法なく、論旨は理由がない。

同第三点について。

原審には所論のような釈明権を行使しなければならない義務はなく、原判決には所論審理不尽の違法はない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)

昭和三〇年(オ)第七〇六号

朴千根コト

上告人 新井千根

冷子コト

被上告人 朴玲子

上告代理人荒木新一の上告理由

第一点 原判決は憲法第二五条及び同第一二条に違反し破棄を免れないものと思料する。

憲法第二五条は健康で文化的な最底限度の生活を保証し、又同第一二条は権利はこれを濫用してはならず公共の福祉のために利用する責任を負う旨規定している。

人類の生活がある限り「住」の問題はつきまとう。人々は相互に健康で文化的な最底限度の生活を営むことができるよう責任をもつものであるから、「住」という社会問題を処理するため人々は相協力しなければならない。

然るに、被上告人は何等正当の事由なくして賃料の受理を拒み、上告人の法律の不知に乗じて履行遅滞におちいらしめて本件家屋の明渡の口実をつくり、以て本訴において賃料不払を理由に賃貸借契約を解除せんとし、裁判所において充分な審理をなさゞるまゝ一方的にこれを認容しているのは、明らかに上告人の生存権をおびやかし、公共の福祉に反し権利の濫用であるといわなければならない。

第二点 原判決は民法第五四一条の解釈を誤り不法に法律を適用した違法があり理由不備のため破棄を免れないものと思料する。

原判決理由の要旨は、本件訴状の記載は履行の催告を直接の目的としたものではないけれども、これを以て履行の催告ありたるものとしてその送達後相当期間経過するも賃料の支払なきときは、債権者たる被上告人は民法第五四一条により本件賃貸借契約を解除し得るものと解釈するを相当とするというに在る。民法第五四一条によれば、当事者の一方が其債務を履行せざるときは相手方は相当の期間を定めて其履行を催告し、若し其期間内に履行なきときは契約の解除をなすことを得ることになつており、履行遅滞の要件としては責に帰すべき事由で足りると解されている。

この点借家法には明文なき故、家屋の賃貸借についても形式的には民法の原則どおり適用あるものと考えられそうである。然し借家法は民法の規定に対し種々の特則を設けており、これは借家関係の如き経済的な債権関係につき建物利用という社会経済上の法律干係を合理的に解決せんが為めである。従つて、借家法に明文の規定がなくても、かゝる公共の福祉、信義則により民法の一般の場合の責に帰すべき事由よりも重い要件が要求されているものと解釈するのが相当である。

然るに、原判決は民法第五四一条を誤解してそのまゝ適用しており理由不備の違法があるものといわなければならない。

第三点 原判決は民事訴訟法第一二七条の解釈を誤り不法に法律を適用した違法があり審理不尽のため破棄を免れないものと思料する。

上告人は正当の事由なく賃料の受領を拒絶されるも法の不知により供託等の存在を知らずその準備のための貯蓄をなしており、請求があればいつでも支払う意思を有し本件訴訟中においても提供供託等をなし得るものと思料せばこれをなしたであらうと考えられる場合においては、上告人に対し釈明権を行使して妥当な解決を計るべきであるに拘らずかゝる形跡は全然認められない。特に本件の如き訴訟実務の経験と法律の素養に乏しい本人訴訟の場合において、社会の実情を無視し、法律を形式的に適用して不親切な審理をなし、主張責任や挙証責任の分配の原則によつて判決することは、落し穴にかゝるのを待つようなもので審理不尽の違法があるものといわなければならない。

以上何れの点よりするも原判決は破棄を免れないものと思料する。

以上

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